ジムに通い始めて1年前後の方から、「チョークブラシってどれ使っても同じじゃないの?」と聞かれることがあります。実は私も最初はそう思っていました。でも何種類か使い比べると、毛の素材やサイズで掃除のしやすさも、ホールドへの優しさも結構違うんです。今回はチョークブラシを横並びで見ながら、素材別の特徴とシーン別の選び方を具体的にお伝えします。
そもそもチョークブラシは何のために使うのか
ボルダリングを始めたばかりの頃は、チョークブラシを「おまけのアイテム」くらいに思っている人も多いと思います。でも実際にジムやクライマーのSNAPを見ていると、専用ブラシを何本も使い分けている人が珍しくありません。有名な話ですが、トップクライマーの野口啓代選手は、イタリアのFAZAというブランドのブラシをわざわざ取り寄せて愛用していたことで知られています。花柄やハローキティ柄など、見た目にもこだわって選んでいたそうで、道具としての実用性だけでなく「自分の相棒」として大事にする感覚が伝わってくる話です。
実用面での役割はシンプルです。ホールドの表面には、チョークの粉だけでなく、シューズのラバーが擦れて出る細かいカスが溜まっていきます。特に樹脂製のホールドは表面に細かいテクスチャーが刻まれていることが多く、そこに粉とカスが入り込むと、フリクション(摩擦力)がはっきり落ちてしまいます。次の人のために掃除するマナーだけでなく、自分自身が気持ちよく登るためにも、ブラシは地味だけど効果の大きいギアなんです。
毛の素材で変わる掃除力 ― 猪毛・タンピコ・ナイロン
チョークブラシを選ぶときにまず見てほしいのが、毛の素材です。大きく分けると「動物の毛(天然毛)」と「化学繊維」の2系統があり、それぞれ硬さと耐久性の傾向が違います。
猪毛(ボアヘア)系 ― もっとも定番の選択
Black Diamondのボルダリングブラシは、公式の説明でも「剛毛(Boar's Hair)」と明記されていて、Sサイズでわずか13g、Mサイズでも24gという軽さながら、しっかりとした硬さのある毛が特徴です。YY Verticalのバーティカルブラシも「高密度の猪毛」を採用していて、Sサイズ15g・Lサイズ30gと、用途に応じて重さと毛量を選べるようになっています。Ocúnのブラシも同じくイノシシの毛を使っていて、天然毛のブラシはこの猪毛が主流と言って間違いないと思います。猪毛は適度なしなりとコシがあって、樹脂ホールドの細かい凹凸にもしっかり入り込みつつ、表面を傷めにくいのが長所です。私自身、最初に買った安いナイロンブラシから猪毛のブラシに替えたとき、同じ力で擦ってもチョークの粉の落ち方が全然違うことに驚きました。
タンピコ系 ― 柔らかめで繊細な掃除向き
あまり知られていませんが、植物繊維の「タンピコ」を使ったブラシも存在します。HRTのホールドブラシは、内側の層にタンピコ、外側の層に猪毛を配置した二層構造になっていて、「外側で荒い汚れを落とし、内側で仕上げに細かい粉を掻き出す」という発想で作られています。タンピコは猪毛よりコシが柔らかいので、スラブ(傾斜の緩い壁)のツルツルしたホールドや、細かいピンチ・エッジを傷つけたくないときに向いています。私は普段は猪毛ブラシを使っていますが、繊細なエッジ系のホールドを掃除するときだけこのタイプに持ち替える、という使い方をしているクライマー仲間もいます。
ナイロン系 ― 手軽さ重視ならこちら
専用ブラシを買う前に、家にある歯ブラシで代用している人も多いと思います。歯ブラシのナイロン毛は猪毛よりコシが強く硬いので、頑固な汚れはよく落ちる一方、力を入れすぎるとホールドの表面をテカテカに磨いてしまい、逆にフリクションを落とすリスクがあります。入門用として歯ブラシから始めるのは全然悪くないのですが、半年〜1年ほど継続して登るつもりなら、専用の天然毛ブラシに切り替えたほうが、ホールドにもシューズのラバーにも優しく、結果的に長く気持ちよく使えると感じています。
サイズと持ち手で選ぶ ― ジム用と外岩用は違う
素材と同じくらい大事なのがサイズと持ち手の形状です。SNAPのKatanaシリーズは、S(14cm)・M(17cm)・L(20cm)・XXL(23cm)と4段階のサイズをラインナップしていて、持ち手はブナ材、毛は猪毛という組み合わせです。ジムの小さいホールドを掃除するだけならS〜Mサイズの小型ブラシで十分ですが、外岩で大きなフレークやガバホールドの奥まで届かせたいなら、L〜XXLクラスの大きめブラシのほうが圧倒的に作業が早く終わります。
また、高い位置のホールドや、上部に手が届きにくいルーフ(かぶった壁)では、長い柄のスティックブラシが活躍します。リード壁の高いホールドを掃除するときに、普通のポケットサイズではなく柄の長いタイプをわざわざ持ってきている常連さんを見て感心したことがあります。チョークバッグに入れる小さいブラシと、ロッカーに置く長い柄のブラシを2本持ちしておくと、場面に応じて使い分けられて便利です。
価格帯のイメージとコストパフォーマンス
チョークブラシは消耗品というより長く使える道具なので、価格はそれほど高くありません。シンプルな小型の猪毛ブラシであれば数百円台から見つかりますし、サイズや毛量が充実したモデル、二層構造のような工夫のあるモデルになると2,000〜3,000円程度まで幅があるというのが、いくつかのメーカーのラインナップを見比べた印象です。最初の1本であれば、価格を抑えた小〜中サイズの猪毛ブラシを選んでおけば、まず失敗はないと思います。使ってみて「もっと大きいホールドもガシガシ掃除したい」と感じたら、2本目に大きめサイズや柄の長いタイプを追加する、という買い方がコスパ的にもおすすめです。
正しいお手入れと使い方のコツ
ブラシの使い方にも実は注意点があります。よくある失敗が「汚れを落とそう」とゴシゴシ力任せに擦ってしまうことです。これは絶対にやらないほうがいいです。力を入れて擦ると、ホールドの表面にあるざらつき(フリクションの元になる細かい凹凸)そのものを削って滑らかにしてしまい、逆にフリクションを落としてしまいます。基本は、軽いタッチで表面をサッと撫でるように数回動かすだけで十分です。チョークの粉を落とした後は、乾いたタオルや布で軽く拭き取ると、ホールドの質感が長持ちします。
ブラシ自体のお手入れとしては、毛の間に溜まったチョークの粉を、使用後にブラシ同士を軽く叩き合わせて落としておくと、次に使うときの効きが戻ります。天然毛のブラシは湿気を含むと毛が傷みやすいので、濡れた手で扱った後はしっかり乾かしてからチョークバッグにしまうようにしています。
まとめ ― 初心者の最初の1本はこう選ぶ
チョークブラシは見た目はどれも似ていますが、毛の素材(猪毛・タンピコ・ナイロン)とサイズ・持ち手の長さで、実際の使い心地はかなり変わります。最初の1本を選ぶなら、コシがありつつホールドに優しい猪毛系の小〜中サイズがいちばん無難です。慣れてきたら、外岩用に大きめサイズ、繊細なホールド用にタンピコ系、高い位置用に柄の長いタイプ、と用途別に増やしていくと、掃除のストレスがぐっと減ります。道具にちょっとこだわってみると、登る時間そのものも少し楽しくなるはずです。ぜひ自分のお気に入りの1本を見つけてみてください。